静寂1年

 不意に目を開き、上体を、新緑の雑草が生える大地から起き上がらせる。
 風が、草の葉を鳴らして通り過ぎていった。
 空は青く澄み、雲はひとつもない。
 白い月が申し訳なさそうに西の空に浮かんでいる。
 太陽はまだ高度を増す途中だ。
 今日は平日。
 私の服装は学校の制服。
 そしてここは、学校ではなく、だだっ広い田畑の隙間のあぜ道。
 学校に行かない。
 それだけで不良に思われてたのはいつかなぁとぼんやり考えながら、周囲を見渡した。
 誰も居ない。ただ草のこすれる音とすずめのさえずりだけが耳に響き、街の雑踏とは程遠い場所。
 遠くで車の走る音も聞こえるけど、まるで子守唄のように心地よく感じてしまう。
 再度、背中を大地に密着させて目を閉じた。
 どれくらい時間が経っただろう。
 リズミカルな物音が聞こえて、徐々に大きくなってきたので、再び目を開いた。
 音のするほうに、寝転がったまま顔を向ける。
 人影がはっきり見えた。
 走ってくる。
 白地にどこかのスポーツメーカーのロゴが赤くプリントされたTシャツがやけに目立つ。
 ズボンも白地で、おそらくTシャツと同じメーカーだろう。
 人影は私に気付いてはいないらしい。足音が聞こえ始めた時と同じテンポで近づいてくる。
 だいぶ人影が大きくなり、ふとリズミカルな音は消えた。
 私のほうからは逆光で相手の顔はよく見えないけど、体格から見て男だ。
 彼と私の間が、だんだん縮まっていく。
 きっと誰か居ることに気付いて驚いているんだろうなと他人事みたく考えて、上体を起こした。
 眩しくて彼の顔はやっぱり見えない。
 しかし、彼の声を聞いたとき、私は驚きのあまり動けなかった。
 彼が口にした言葉、その声、その口調が、私の心を1年前に引きずり戻した。
 突然の別れと、彼の背中。ゆがんだ視界は雨に打たれた。
 頬を伝う涙と、手から滑り落ちていく傘。
 泣き叫んでも、振り返ることなく雨の中に消えていった彼。
 そんな断片的な場面が脳裏を横切っていく。
 嘘でもいいから「嫌い」と言って欲しかった。
 「好きだから別れる」って何?
 「傷つけたくない」なら、何故今傷つけるの?
 いくら訊いても、それは虚空に沈んだ。
 あの時私を苦しめた相手が、今また私の前に現れた。
 彼の本日二度目の言葉に知らん顔して、無言で立ち上がった。制服の埃を払い、カバンを持ち、彼の横を通ろうとした。
 彼が、私の腕を掴み、自分の方へ私の体を向けさせた。
 何か言ってる。言葉が理解できない。理解したくない。言い訳なんか、聞きたくない。
 顔を背けたまま、彼が腕を放してくれるのを待った。
 けれど、彼は放してくれなかった。
 私にとっては今更な話だ。
「放してっ」
 そう叫んで、彼の腕を振り解こうともがいた。
 もがけばもがくほど、心はきしんだ。
 でも、きしむ理由がわからずに混乱し、混乱に気を取られて動かなくなった。
 彼が無言で私を見つめている。
 視線をゆっくり、彼のほうへ向ける。
 彼と目が合った瞬間、私はもう、完全に動けなかった。
 いや、動きたくなかった。
 気付くと、頬を涙が伝っていた。
 彼は私を抱きしめた。やさしく、そっと。
 本当は、ずっとここに居たかった。
 別れたくなかった。
 好きだったから。
 今も、好きだから。
 そう思うと、涙が止まらなかった。

 私は1年ぶりに泣いた。

あとがき
あぁ……何とか殺さずに済んでよかった、なんてこれっぽっちも思ってませんよ? ええ、思ってませんとも。
切ないのもいいけど、こういうホットなのも好きだったりするし(笑)
ていうか更新早すぎ! と思ったそこのアナタ。
ズバリ言いましょう。
書き溜めです!(爆)
次回作いつになるやら。
待っててくれるとありがたいですw
では、ここまで読んでくださって有難う御座いました♪

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