溶けない雪

 その日の夕方、雪が降り出した。
 若い女は部屋の中から雪を見つめていた。今日は誰にとっても人生で一度の式が行われていた。彼女は今年、それに出席するはずだった。しかし旧友から誘いを受けても、親に行けと言われても理由は一切言わずに出席を頑なに拒んだ。そしてそのままその日の夕方になった。
 雪は音も立てず、静か過ぎるほど地面に落ち、アスファルトに落ち、溶けて色を濃くしていった。
 溶けてしまえばいい。この気持ちも、雪と共に。
 女は祈るように溶ける雪を見つめた。5年間、ずっと言えないままだった気持ちを溶かして欲しいと、無かったものにして欲しいと、ただそれだけを祈り続けた。
 無言で雪を見つめているうち、過去の記憶が掘り起こされてきた。
 中学の制服に身を包んだ自分の視線の先に居る人物。いじめられっ子だった自分に、唯一普通に接してくれた優しいひとりのクラスメイト。あたたかい人。いつの間にか好きになっていた相手。けれど彼女は、想いを伝えられず、その場を去った。そしてそれは、未練にカタチを変えて心に残った。
 彼に会うことが怖いわけではない。だいいち、彼が今何処にいて何をしているかなど、女は全く知らない。式に出席したのかも、恋人がいるのかも。
 それに女は今、恋人がいる。何かの機会で彼に会って想いを伝えても、それは過去の想いでしかない。それなら言わない方がいい。女が恐れているのはまさにそれだった。彼の困った顔を見たいわけではないのだ。しかし、会って彼の笑顔を見た瞬間、自分がどうなって何を言い出すか予測が立たない。言わなくていい過去の想いまでも言ってしまいかねない。
 そう思うと、出席を辞退して正解だった。人生一度の式であれ何であれ、そこに最悪な思い出を詰め込むよりは大人しくしていた方がいい。
 女はただ、降り続く雪を見つめた。そして窓を開け、ベランダへ出た。寒さのあまり、部屋に戻ろうかと一旦踵を返したが、思いとどまって空を見上げ、ぽつりとつぶやいた。
「ずっと……好きでした」
 女が見上げた空を、もしかしたら彼も見上げているかもしれない。そう思うと、涙が溢れた。女は心の中で恋人に詫びた。
 今日だけ、あの人の為に泣かせてね。明日はもう、大丈夫だから……。
 雪は降り続いた。
 女の心に降り続く5年前のなごり雪より、はるかに多く。

 その日は、彼女の成人式だった……。

あとがき
 今回は「どこかにありそうな恋愛」をテーマに書いてみました。
 う〜ん、本当にありそうな気がするのは私だけ?(苦笑)
 ちなみに前回のお話(「カナシキカゼ」)とはまったくもって無関係でありますよ、ハイ。
 感想など頂ければ幸いです♪ それと、やっぱり苦情とか、意見とか、誤字脱字の指摘なども。チェックしててもどっか間違える人間なんです、私は。(爆)
 では、此処まで読んで頂いて有難う御座いました。
 次回を楽しみにしてくださると嬉しい限りです♪
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